工場設備やポンプでよく使われる三相誘導モータ。その始動方式として「スターデルタ始動(Y-Δ)」があります。この記事では、なぜスターデルタ方式が今でも使われているのか、電流・トルクの数式を交えて整理します。
1. 三相誘導モータの始動問題
誘導モータは停止状態では逆起電力が発生せず、巻線抵抗だけで電流が決まるため、始動時に定格電流の6~8倍もの突入電流が流れます。
これによりブレーカが落ちたり、他設備の電圧が下がる「瞬低」現象が起こります。
2. スターデルタ(Y-Δ)始動とは
始動時は巻線をスター(Y)結線にして電圧を下げ、回転が上がってからデルタ(Δ)結線に切り替える方式です。
スター結線では、各相にかかる電圧は線間電圧の 1/√3
に下がります。
相電圧:
$$ V_{\text{phase},Y} = \frac{V_L}{\sqrt{3}}, \quad V_{\text{phase},\Delta} = V_L $$
相電流・線電流:
$$ I_{L,Y} = \frac{V_L}{\sqrt{3}Z_s}, \quad I_{L,\Delta} = \frac{\sqrt{3}V_L}{Z_s} $$
したがって比率は次の通りです。
$$ \frac{I_{L,Y}}{I_{L,\Delta}} = \frac{1}{3}, \quad \frac{T_Y}{T_\Delta} = \frac{1}{3} $$
つまり、スター始動時は電流・トルクともに約1/3になります。
3. スターデルタの利点と限界
利点
- 突入電流を約1/3に低減
- 設備や電源への負担を軽減
- 構造が単純で安価、信頼性が高い
欠点
- トルクも1/3になるため、重負荷始動には不向き
- 効率向上の効果はほぼない
つまり、スターデルタ始動は「電源保護」が目的であり、「効率改善」が目的ではありません。
4. デルタ(直入)始動にしたらどうなる?
もし最初からデルタ結線(直入始動)した場合、定格電圧が直接印加されるため、始動電流は定格の6~8倍流れます。
例:定格電流30Aのモータ
$$ I_{\text{start,Δ}} = 6 \times 30 = 180\,\text{A} $$
スター始動では
$$ I_{\text{start,Y}} = \frac{1}{3} \times 180 = 60\,\text{A} $$
つまり電流が3倍違うわけです。これにより:
- ブレーカがトリップ
- 照明が瞬時に暗くなる
- 他機器が誤動作する
でもトルクは3倍
デルタ始動ではフル電圧印加なのでトルクも3倍。重負荷を一気に動かせますが、軸系に衝撃トルクがかかるため機械寿命を縮めるリスクもあります。
5. 電圧降下と突入電流の関係
配線インピーダンスによって電圧降下(ΔV)は以下で求められます。
$$ \Delta V = \sqrt{3} \, I (R\cos\phi + X\sin\phi) L $$
電圧降下率:
$$ \%\Delta V = \frac{\Delta V}{V_L} \times 100 $$
始動電流が3倍になれば、当然電圧降下も約3倍になります。
そのため、大電力系統では突入を抑えるスター始動・ソフトスタータが必須になります。
6. スターデルタが今も使われ続ける理由
- 構造が単純で壊れにくい
- 電子制御が不要で雷・ノイズに強い
- 高圧モータでも適用可能
- 部品交換で現場復旧できる
大型モータでは「効率1%上げるより、止まらないこと」が重視されます。
つまり、スターデルタは効率ではなく信頼性の技術なのです。
7. まとめ
項目 | スター始動 | デルタ始動(直入) |
---|---|---|
電圧(相) | 1/√3 ≈ 58% | 100% |
始動電流 | 約1/3 | 約3倍 |
始動トルク | 約1/3 | 100% |
電圧降下 | 小 | 大 |
構造 | 単純・安価 | 高衝撃・要注意 |
用途 | 大型・定速運転 | 小型・短時間負荷 |
結論: スターデルタは「効率が悪い」のではなく、「効率より信頼性を選んだ」技術。 大電力設備では今も最も合理的な方式として使われ続けています。
参考:三相電力式
$$ P = \sqrt{3} V_L I_L \cos\phi $$
誘導モータトルク近似:
$$ T \propto \frac{V_{\text{phase}}^2 R_2 / s}{(R_2/s)^2 + X_2^2} $$
始動時(s=1)では
$$ T_{\text{start}} \propto V_{\text{phase}}^2 $$
つまり電圧が1/√3なら、トルクも(1/√3)²=1/3となります。
Written by masaやん(hd0.biz) 現場感と数式の両面から、スターデルタの“理屈と現実”を解説しました。