本シリーズ『Webの消えた技術たち』は、かつて一世を風靡したWeb技術の栄枯盛衰をたどり、現代のWeb設計に息づく思想を紐解く連載です。
序章:「Flashで作る時代」
1990年代後半、ブラウザは文字と静止画像の世界でした。そこに突如現れたのが、アニメーションと音、そしてインタラクティブな体験を可能にしたMacromedia Flashです。
「Webページが動く」──それは革命でした。
Flashの誕生:動きを与えた小さな奇跡
Flashは1996年、FutureSplash Animatorとして登場。のちにMacromediaが買収し、アニメーションとスクリプト(ActionScript)を統合したことで、一気にWebに“動き”が生まれました。
当時のWebではGIFアニメかJava Appletしか選択肢がなかった中で、Flashは軽快で滑らか。マウス操作やクリック、音声再生まで、Webページをまるで“アプリ”のように変えたのです。
Flashは「静的なWebを、体験するWebへ」変えた最初の技術だった。
黄金期:Webが動き出した時代
2000年代前半、FlashはWebの主役でした。広告、イントロアニメーション、ミニゲーム、教育コンテンツ──あらゆるサイトにFlashが使われていました。
- ActionScript 2.0による高度なUI制御
- ストリーミング再生(Flash Video)でYouTube黎明期を支える
- ブラウザゲーム文化の礎を築く
Flashサイトは「重いけどすごい」と評され、“体験重視のWeb”という新たな価値観を広めました。
転落:モバイルとAppleの拒絶
転機は2007年。iPhoneの登場です。Appleは公式に「Flash非対応」を宣言しました。理由は明確──
- バッテリーを消耗する
- セキュリティ脆弱性が多い
- タッチ操作に非対応
Steve Jobsは当時、「FlashはWebを遅くし、閉じ込める」とまで言い切りました。これが終焉の始まりでした。
「閉じた技術は、オープンなWebにはふさわしくない」──Steve Jobs(2010年)
HTML5とCanvasの登場:自由の帰還
2008年以降、<canvas>・<video>・<audio> などのHTML5要素が登場し、Flashでしかできなかった表現が標準化されていきます。
Flash → HTML5 移行の流れ:
- アニメーション:Flash Timeline → CSS3 Animation / Web Animations API
- 描画:Shape / Path → SVG / Canvas / WebGL
- スクリプト:ActionScript → JavaScript(ES6)
- 音声・動画:FLV → <audio> <video>
かつてのFlashの機能は、一つずつWeb標準に吸収されていきました。こうして、Flashは“特別な存在”から“必要のない存在”になっていきます。
Flashが現代に残したDNA
| Flashの要素 | 現代で継承された技術 | 説明 |
|---|---|---|
| タイムラインアニメーション | CSS3 Animation / Web Animations API | 滑らかなモーション制御をWeb標準化 |
| ベクター描画 | SVG / Canvas / WebGL | 拡大縮小しても劣化しない描画モデル |
| ActionScript | JavaScript (ES6+) | ECMAScript系言語として思想が継承 |
| 音声・映像 | <audio> / <video> / Web Audio API | ブラウザネイティブで再生可能 |
| リッチUI | React / Vue / Svelte | 動的UIフレームワークが体験型Webを継承 |
| Webゲーム文化 | WebAssembly / Unity WebGL | 「ブラウザで遊ぶ」体験を進化させた |
| デザインとコードの融合 | Figma / Lottie / Adobe XD | Flash IDEの精神がUI設計ツールに息づく |
これらは単なる置き換えではありません。Flashが残した思想──「Webを感じる体験へ」──が、形を変えてWeb標準の中に溶け込んだのです。
KaTeX式で見る「表現の力」
Flashがもたらした“表現”は、インタラクティブ性(操作)と感情的訴求(デザイン)の掛け算でした。HTML5時代も、その方程式は変わっていません。
結論:Flashは消えず、溶けた
2020年12月、Adobe Flash Playerは正式に配布終了しました。しかしその瞬間、WebはFlashを超えていました。
Flashは、Webを“動かす”という使命を終え、いまはHTML5・CSS3・WebGLの中に息づいています。つまり──
Flashは消えたのではなく、Webそのものに溶けた。
その精神は、PWAやWebGPU、そしてこれからの3D・XR時代にも確実に受け継がれています。
— masaやん(hd0.biz)
次回予告:『Webの消えた技術たち #3』では、XHTML──厳格すぎた理想とHTML5の現実を特集します。
標準化の試みがなぜ人間に嫌われ、HTML5が勝利したのか。その背景にある「Webの民主主義」を探ります。
👉 公開予定:2025年12月上旬
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